今週の腫瘍内科
【NEW】今週の腫瘍内科(8/24-8/30)
更新日:2026/09/01
今週の腫瘍内科(2026年8月第4週/8月24日〜8月30日)
群馬大学医学部附属病院 腫瘍内科
腫瘍内科に関心のある医学生・研修医の方へ。当科の一週間の活動と、がん薬物療法をめぐる世の中の動き(論文・学会・制度)を、毎週まとめてお伝えします。
今週は当科で学生の研究指導が続いた一週間でした。世の中の動きとしては、長らく「薬で狙えない」と言われてきた RAS を標的にした薬が、膵がんで承認されたという話題を取り上げます。
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■ 今週の当科から
・原発不明がん・希少がんのキャンサーボード
月に一度、原発巣がはっきりしないがんや、症例数の少ないがんについて、複数の診療科と職種が集まって治療方針を相談する会議です。画像・病理・遺伝子検査の所見を持ち寄り、どこまで診断を詰められるか、どの治療が選択肢になるかを順に確認していきます。
学びどころ:教科書に「標準治療」が書かれていない領域では、方針は一人で決めるものではなく、複数の目で組み立てるものになります。その組み立て方そのものが、この会議で学べることです。
・がんゲノム医療 エキスパートパネルの下読み(プレEP)
がん遺伝子パネル検査の結果を正式に検討する会議(エキスパートパネル)の前に、提出された症例のレポートをあらかじめ読み込んでおく作業です。他施設とオンラインでつないで隔週で行っています。
学びどころ:検出された遺伝子の変化に治療上の意味があるかどうかは、その場の議論で急に決まるものではありません。下読みで論点を整理しておく段取りまで含めて、がんゲノム医療の実務です。
・医学生の研究指導 ― 学会演題と論文の準備
今週は学生の研究指導が重なりました。来春の学会に症例報告を出すための打ち合わせを行い、まず読んでおくとよい論文をまとめて渡しました。別のグループでは、アンケート調査をまとめた論文の原稿を検討し、数値の出どころの確認や、投稿規定に合わせた構成の見直しを行っています。
学びどころ:学会発表や論文投稿は、大学院に入ってから始めるものとは限りません。指導者と学生が同じ表を見ながら数字を突き合わせる、そういう地味な作業の積み重ねが研究です。当科では学生のうちから関わってもらっています。
・初期臨床研修医の採用試験(面接審査員)
来年度の初期臨床研修医の採用試験に、当科からも面接審査員として参加しました。面接は2人1組で担当し、決められた評価票にそって進めます。
学びどころ:評価する側に回ると、面接で見られているのが「うまく話せるか」ではないことがよく分かります。志望の理由や、これまでの経験をどう自分の言葉で説明できるか、という点に評価の軸があります。
・血液で調べるがん遺伝子パネル検査(リキッドバイオプシー)の説明会
組織検体ではなく血液から遺伝子の変化を調べる検査について、オンラインの製品説明会に参加しました。検査でどの遺伝子変化まで分かるか、薬の選択に直結する項目(コンパニオン診断)として何が使えるかを確認しています。
学びどころ:組織を採るのが難しい患者さんにも検査の道が開けるかどうかは、日々の診療でしばしば問題になります。検査の性能と限界を知っておくと、「この人にはどちらの検査を出すか」という判断ができるようになります。
・胃がんの周術期治療に関するオンライン講演会
手術の前後に薬物療法をどう組み立てるかをテーマにした、オンラインの講演会に参加しました。他施設の使用経験を聞ける機会でもあります。
学びどころ:こうした会は、ガイドラインが改訂される前の「現場でどう考えられているか」を知る場です。文献だけでは埋まらない部分が、他施設の経験の共有で見えてくることがあります。
※ 個々の患者さん・症例に関する情報は含みません。当科の活動を一般化してご紹介しています。
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■ 今週の腫瘍内科ニュース
・膵がんに対する RAS 阻害薬ダラクソンラシブ、米国FDAが承認〔米国での承認(国内未承認)〕
2026年8月26日、米国食品医薬品局(FDA)が、ダラクソンラシブ(daraxonrasib、製品名 RASONQUE、Revolution Medicines 社)を、転移性膵腺がんの成人(全身療法を1レジメン以上受けた方、または多剤併用の全身療法の適応とならない方)に対して承認しました。RAS の GTPase ファミリーを阻害する経口薬で、用量は300mgを1日1回、病勢進行または忍容できない毒性が現れるまで投与するとされています。根拠となったのは、500例を1対1に割り付けた無作為化非盲検試験 RASolute 302(NCT06625320)です(結果は下の「今週の一報」で紹介します)。
段階にご注意ください。これは米国での承認であり、日本での製造販売承認・薬価基準収載は、この記事の作成時点では行われていません(国内での販売名も決まっていません)。日本で使えるようになるまでには、国内での申請・審査・承認・薬価収載という手続きが別に必要です。
学びどころ:膵がんでは9割以上の症例に KRAS の変異があると知られながら、長いあいだ「薬で狙えない標的」とされてきました。その前提が変わったという意味で、教科書の記述が書き換わる種類のニュースです。海外の承認が日本に届くまでには時間差があり、その時間差こそが日常的な話題になる、という点も含めて知っておくとよいと思います。
出典:U.S. Food and Drug Administration「FDA approves daraxonrasib for metastatic pancreatic adenocarcinoma」 / FDA プレスリリース
・中医協・薬価専門部会が業界から意見聴取 ― 2027年度の薬価改定に向けた議論が始まりました
2026年8月26日、中央社会保険医療協議会(中医協)の薬価専門部会 第248回が開かれ、「関係業界からの意見聴取について」が議題となりました。日本製薬団体連合会、日本製薬工業協会・米国研究製薬工業協会・欧州製薬団体連合会、日本ジェネリック製薬協会、日本医薬品卸売業連合会が意見を述べています。薬価は2年に一度の改定のあいだの年にも見直される仕組み(中間年改定)があり、その対象範囲やルールをどうするかが今後の論点になります。
学びどころ:薬の値段は、企業が決めているわけでも、病院が決めているわけでもありません。国の会議で議論して決まる公定価格です。がん薬物療法は高額な薬が多く、この議論の行方は、私たちが日々どの薬を使えるかという話と地続きです。資料はすべて公開されているので、一度のぞいてみると医療制度の見え方が変わります。
出典:厚生労働省「中央社会保険医療協議会 薬価専門部会(第248回)議事次第」(令和8年8月26日開催)
・膵がんの一次治療でも、RAS を狙う薬の第Ⅲ相試験が並行して進んでいます
今回の承認は「二次治療以降」が対象ですが、未治療の転移性膵がんを対象にした第Ⅲ相試験も複数動いています。8月28日に公表された総説では、pan-RAS 阻害薬のほか、KRAS G12D に選択的な薬、MEK 阻害薬、分解薬(デグレーダー)など、作用の異なる複数の薬剤が一次治療で評価されている状況が整理されています。多くは化学療法との併用と化学療法単独の比較ですが、薬剤単独の群を置いた試験もあります。
学びどころ:一つの薬が承認されると、次は「どの順番で使うか」「一次治療に持ってこられるか」が論点になります。この移り変わりの速さは、腫瘍内科という領域の性格をよく表しています。
出典(PubMed 収載/PMID: 42663603):Dempke WCM, et al. Future Oncol. 2026 Aug 28(オンライン先行). DOI: 10.1080/14796694.2026.2725499
※ 対象週(8月24日〜30日)のあいだに、日本国内で腫瘍領域の薬が新たに承認された、あるいは薬価基準に収載されたという動きはありませんでした(厚生労働省の薬価基準収載品目リストの直近の更新は8月13日収載分です)。
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■ 今週の一報(注目論文)〔膵がん/分子標的治療〕
「狙えない標的」だった RAS を直接ねらう ― 第Ⅲ相 RASolute 302 試験
N Engl J Med. 2026;395(4):325–337./第Ⅲ相・国際共同・非盲検無作為化比較試験(RASolute 302、ClinicalTrials.gov NCT06625320)
・膵管腺がんでは9割以上に RAS 経路の活性化変異があり、これが病気を駆動する中心と考えられてきました。ダラクソンラシブは、活性型(GTP 結合型、RAS(ON))の変異型・野生型 RAS を幅広く阻害する経口薬です。
・化学療法による前治療を受けた転移性膵管腺がんの患者さんを、ダラクソンラシブ群と主治医選択の化学療法群に無作為に割り付けました。登録は500例(ダラクソンラシブ群248例、化学療法群252例)で、そのうち91.8%が G12 変異を有していました。主要評価項目は、G12 変異例における全生存期間と無増悪生存期間の2つです〔論文報告値〕。
・全生存期間の中央値は、G12 集団でダラクソンラシブ群13.2か月・化学療法群6.6か月、全体集団で13.2か月・6.7か月。ハザード比はいずれも0.40(P<0.001)でした。無増悪生存期間の中央値は、G12 集団で7.3か月・3.5か月(ハザード比0.45)、全体集団で7.2か月・3.6か月(ハザード比0.49)で、いずれも P<0.001 でした〔論文報告値〕。
・治療開始後の有害事象はダラクソンラシブ群の全例、化学療法群の97.7%で報告され、Grade 3 以上はそれぞれ61.8%、69.6%。治療関連有害事象による治療中止は1.2%対11.2%でした〔論文報告値〕。著者には日本の施設(神奈川県立がんセンター)も名を連ねています。
臨床的意義:前治療のある転移性膵がんの二次治療は、これまで生存期間の中央値が半年前後という厳しい領域でした。そこで中央値が倍になったという結果です。ただし発疹・下痢・口内炎といった上皮系の有害事象が高い頻度で報告されており、「効くかどうか」と同じくらい「続けられるかどうか」が問われる薬でもあります。この両面を一緒に読む練習は、どの薬の論文にもそのまま応用できます。
出典(PubMed 収載/PMID: 42223072):DOI: 10.1056/NEJMoa2605555(O’Reilly EM, et al. N Engl J Med 2026)
作用機序と耐性の総説(日本からの報告):DOI: 10.1111/cas.70497(Honda R. Cancer Sci 2026/PMID: 42557936)
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■ 学会・セミナー/行事
9/9(水)令和8年度「医学生・研修医等をサポートするための会」
医学生・研修医等を対象に、将来のキャリア形成や地域医療への理解を深めることを目的として開かれる会です。
・日時:2026年9月9日(水)13:30〜14:50
・会場:群馬大学昭和キャンパス 医学科 臨床大講堂
・主催:群馬大学医学部附属病院 地域医療研究・教育センター(昭和地区事務部 総務課 地域医療支援係)
学びどころ:群馬で働くという進路を、制度や支援の話とあわせて具体的に考えられる機会です。
9/17(木)2026年度 第5回 多地点合同メディカル・カンファレンス「リキッドバイオプシーの臨床応用」
国立がん研究センターが、がん診療連携拠点病院等の医療従事者向けに開いているオンラインのカンファレンスです。今回のテーマは、今週当科でも話題になったリキッドバイオプシー。参加は無料で、Zoom の事前登録が必要です。
・演題:①当センターでのリキッドバイオプシー研究 ②胆道系腫瘍に対する胆汁リキッドバイオプシー ③社会実装を目指した超高感度ctDNA時系列モニタリング
・演者:①安田 純 先生(宮城県立がんセンター 研究所長) ②青木 修一 先生(東北大学大学院 消化器外科学分野 准教授) ③西塚 哲 先生(岩手医科大学医歯薬総合研究所 創薬・医療開発部門 特任教授)
・司会:安田 純 先生(宮城県立がんセンター 研究所長)
・日時:2026年9月17日(木)17:30〜18:30
・会場:Zoom によるオンライン開催
・主催:国立がん研究センターがん対策研究所 がん医療支援部(医療従事者向け・参加無料・Zoom 事前登録が必要)
・登録:https://www.google.com/url?q=https://zoom.us/meeting/register/B92_Gc4_RxShQ6eEFi6S2g&source=gmail&ust=1788299235008000&sa=E (日本がん治療認定医機構の単位対象プログラム。単位取得を希望する場合の登録締切は9月16日16:00)
学びどころ:血液や胆汁から遺伝子の情報を読む技術が、研究室の話から診療の話に移りつつあります。3演題とも実際に手を動かしている施設からの報告で、1時間で全体像がつかめます。
11/28(土)日本臨床腫瘍学会 2026年度 九州地区セミナー
完全WEB開催のため、九州地区以外からも参加できます。学会の会員でなくても参加でき、参加費は無料。案内文には、これから専門医を目指す医師のほか、研修医やコメディカルスタッフの参加も歓迎する旨が記されています。
・日時:2026年11月28日(土)13:30〜16:20
・会場:完全WEB開催
・対象:がん薬物療法専門医、専門医を目指す医師、看護師・薬剤師などの医療従事者(JSMO会員資格は不問・参加費無料)
・主催:公益社団法人 日本臨床腫瘍学会(事前の参加登録が必要)
・案内:プログラム(PDF)/ 参加登録フォーム
学びどころ:専門医を目指す人向けの内容が、オンラインで無料で聴けます。学生・研修医のうちに一度こういう会をのぞいておくと、専門医制度が具体的なものとして見えてきます。
当科の見学・実習・進路相談は随時受け付けています
外来やカンファレンスの見学、短期の実習など、希望に応じて日程を調整します。学年や所属は問いません。お問い合わせは腫瘍内科まで。
学びどころ:この記事で紹介しているカンファレンスや検討会は、実際に見に来ていただけます。
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■ ひとことコラム ― RAS はなぜ「狙えない標的」と呼ばれてきたか
RAS は、細胞の増殖のスイッチにあたるタンパク質です。GTP が結合した状態(ON)で下流に増殖のシグナルを流し、GTP を分解して GDP になると止まる(OFF)。この切り替えがうまくいかなくなり、ON のまま固定されてしまうのが RAS 変異のがんです。膵がんでは9割以上、大腸がんや肺がんでもかなりの割合で見つかります。
頻度がこれだけ高いのに、40年ものあいだ薬になりませんでした。理由の一つは、RAS の表面がつるりとしていて、薬が引っかかる深いくぼみ(ポケット)が見当たらなかったことです。もう一つは、RAS と GTP の結合が非常に強く、GTP と競争して結合を邪魔する、という通常の作戦が使えなかったこと。「undruggable(薬で狙えない)標的」と呼ばれてきたゆえんです。
最初の突破口は、KRAS G12C という特定の変異でした。変異でできたシステインに共有結合でくっつく薬が作られ、2021年以降に実用化されています。ただし G12C は膵がんでは数%にとどまり、膵がんに多い G12D や G12V には使えません。
今回話題にしたダラクソンラシブは、別の考え方をとります。薬が単独で RAS にはまるのではなく、細胞の中にあるシクロフィリンA というタンパク質と先に複合体をつくり、その複合体が ON 状態の RAS の表面に新しく生まれた「くぼみ」にはまる。三者が組み合わさるので、三重複合体(tri-complex)と呼ばれます。この仕組みだと、変異の種類(G12D、G12V、Q61 など)にあまり左右されずに RAS を止められる、というのが「pan-RAS」と呼ばれる理由です。
薬が効かないとされてきた標的が、化学の工夫で射程に入る。腫瘍内科の面白さは新しい薬の名前を覚えることではなく、こういう「なぜ今までできなかったのか」「何が変わったのか」を追えることにあると思います。そして同じ論文には、上皮系の有害事象が高頻度に出ることも書かれています。効き目と副作用を並べて読む習慣は、早いうちに身につけておいて損はありません。
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群馬大学医学部附属病院 腫瘍内科/2026-09-01 作成
※ 掲載内容・出典は作成時点の情報に基づきます。


